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okadamktの日記

That's what we call a tactical retreat.

夏への扉

SF(Science Fiction, 空想科学小説)は、子供の頃から好きだった。高校の東洋史の時間はすべて早川書房世界SF全集」のための時間だった。今、振り返って考えれば、東洋史や生物や地学も面白かったろうに、5・6時限目が生物や地学のときには勝手に自主休講にして近所の図書館にSFマガジンを読みに行った。

「世界SF全集」は通読したつもりでいた。ところが、改めてタイトルを見直してみると、まったく記憶にないものがある。一方で、この全集で読んだとばかり思っていた『フランケンシュタイン、すなわち『現代のプロメシュース』はどうも記憶違いのようだ。高校生の頃の記憶なんてそんなものだ。自分では昨日のことのように思っているが40年近くも前の話だ。

SFをきちんと最後に読んだのは伊藤計劃の「虐殺器官」「ハーモニー」か、あるいはピュアなファンよりは大分遅れて読んだダン・シモンズの「ハイペリオン」シリーズの単行本だと思う。以前は、本屋でも必ず早川文庫のコーナーの前をうろうろしたが、いまではちらっと眺めるだけだ。

あたりまえだが本にしても映画にしても相性や出会いがある。最初に読んだ筒井康隆はどうにも納得がいかなかったが、後に「馬の首風雲録」が好きになったりする。「霊長類南へ」や「虚航船団」も気に入っていた。

世界SF全集は置いていない図書館もままあるのでそれは少し残念だ。世界SF全集は自分の中のSFに関するベースラインなのだ。べき論ではなく、もっと大切な座標軸なのだ。だから私の「勝手に図書館採点基準」には「世界SF全集が置いてあるか」がある。置いていないとこっそりとがっかりする。「ああ、あそこに行けば、世界SF全集があるんだ」と思えないのが、ちょっとだけ寂しいのだ。

そういうのを郷愁というのかもしれない。

For old Pete I've built a "cat bathroom" to use in bad weather - automatic, self-replenishing, sanitary, and odorless. However, Pete, being a proper cat, prefers to go outdoors, and he has never given up his conviction that if you just try all the doors one of them is bound to be the Door into Summer. You know, I think he is right.』 (THE DOOR INTO SUMMER, Robert A. Heinlein, 1957) 

 「子供がもう少し大きくなったらSFを好きになるだろうか?」と思っていた頃がある。

(2006年2月4日, mixi 改)