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okadamktの日記

That's what we call a tactical retreat.

作業科学に魅せられる書: 吉川ひろみ 『「作業」って何だろう―作業科学入門』

書籍



本書は、作業科学という新しい分野の魅力的な入門書である。ページ数はあとがきを含めて105ページと短い。だからこそ、読者は細かな隘路に陥ることなく、読み通すことができ、「作業とは何か」について考えることができる。

作業科学は、作業という現象についてより深く考え、知識の体系化を目指す学際的分野である。本書の目的は、作業科学という新しい潮流に触れることにある。本書では、作業科学とは何を対象にした学問なのか、どのような背景で生まれ、大切にしている価値は何なのかが、平易な文章で述べられている。

作業科学は、作業的存在(occupational being)としての人間を研究する新しい社会科学の一分野として位置づけられる。本書を通じ、作業の主観的価値、作業の意味が文脈によって変化することが理解できる。作業とは何層にも積み重なった行為の現象であることがわかる。

作業という言葉は、どこか機械的な印象がある。しかし、その言葉には、実は深く豊かな世界が広がっている。本書の価値はそこにある。

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本書には3つの魅力がある。

1つ目の魅力は、学際的な広がりが本書のいたるところで感じられる点だ。新しい学問としての作業科学には、他の分野で生まれた様々な知見が必要であるという著者の強い意志と目配りが感じられる。たとえば、アフォーダンスは作業の文脈としての環境との相互作用の中で位置づけている。たとえば、チクセントミハイのフローは作業の主観的価値において位置づけられている。下記をみれば、フローを状態としてではなく、作業科学の視点から眺め、フローを生む作業の特徴を描くという視点へと展開されていることがはっきりとわかる。

・自分の能力と課題の難易度(挑戦感)とのバランスが丁度よい。
・行っている作業には目的がある(漠然とした動作の繰り返しではない)
・その作業を行うことそのものに価値がある(外的な報酬とは関係ない)
・行っていることに専念して、集中している(他のことに気が散らない)
・自分の心と体が一体になっている感じ
・時間感覚が時計の時間とは異なる(あっという間に過ぎたり、止まったりする)
・自然に身体が動いていく感じ(考えてから身体を動かすのではない)
・思いのままにすべての事がうまく運んでいく感じ

2つ目の魅力は、入門書の中にさりげなく未解決の問いが投げられている点だ。それは学問への意欲につながる。たとえば、作業を構成する要素については、そこに階層があり、役割・課題・活動・行為・動作・運動と並べることが可能だと述べた上で、それぞれの階層をどのように呼ぶかについては一致した見解がないという。つまり、学問としてそこには未だ完成されていない余地が残されているということだ。完成されていないからこそ、その余白を埋める機会、すなわちフロンティアが提示されているのだ。

3つ目の魅力は、各章の最後に「練習」として示されている問いが、きわめて具体的で、読者が作業を自分ごととして捉えるよい機会を与えている点だ。たとえば、第1章「作業の広がりと深さ」の最初の問いは、作業と感情とが切り離せないことを再考させてくれる。あるいは作業の個別性を再認識させてくれる。作業科学を身近なものとして考えるきっかけを与えてくれる。

1. 昨日一日、何をしたのか思い出してみましょう。昨日行った作業をあげ、それぞれの作業を行ったときの気持ちを書いてみましょう。
2. 朝食の準備、新聞を読むなど、作業名が同じ作業について、自分と他の人のやり方の違いを述べてみましょう。

そこには、「この分野に関心を持ち、深く考えてほしい」という読者に対する強いメッセージと、著者の学問に対する愛情がにじみ出ている。