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okadamktの日記

That's what we call a tactical retreat.

出会い

出会いにはタイミングがある。だから、出会っていると思っていても実は出会っていないものも人生にはきっと多くある。たとえば、こんな一節。

わたくしといふ現象は
假定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です

これらについて人や銀河や修羅や海膽は
宇宙塵をたべ、または空気や塩水を呼吸しながら
それぞれ新鮮な本体論もかんがへませうが
それらも畢竟こゝろのひとつの風物です 

 大正十三年一月廿日に宮澤賢治「春と修羅・序」から。あるいはこんな一節。

けれどもここはこれでいいのだ
すべてさびしさと悲傷とを焚いて
ひとは透明な軋道をすすむ
ラリックス ラリックス いよいよ青く
雲はますます縮れてひかり
わたくしはかっきりみちをまがる

同じく「春と修羅・小岩井農場」から。

逆に、もし若い頃に読んでいたら、自分はどんな影響を受けただろうかと思う本もある。「ゲド戦記」やフランク・ハーバートの「砂の惑星」がそうだ。私はこれらを大人になって読んだ。「砂の惑星」のあとがきで訳者の矢野徹氏は下記の一文を引用している。

ひとつの惑星の富とは、その美しい風景にあり、それが文明の基礎であり、それに人間がどのように参加するかが重大なことだ。

1920年生まれのフランク・ハーバートが1965年に発表した「砂の惑星」。もし自分が若い頃にこれを読んでいたらどんな風に受け止めていたのだろうか。そんなことを空想する。

それも今は昔。一体何にどんな風に強い印象を受けたのか、今ではもう思い出せないに違いない。それを嬉しくも悲しくもなく、ただ思っているのかもしれない。


(2006年5月12日, mixi改)