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okadamktの日記

That's what we call a tactical retreat.

釣りバカ日誌 新入社員 浜崎伝助

雑感

釣りバカ日誌 新入社員 浜崎伝助

釣りバカ日誌~新入社員 浜崎伝助~」を観る。楽しかった。なんなんだろうこの罪の無さは。濱田岳演じる浜崎伝助のかろみは。

まるでイタリア歌曲のようだ。「お父さん、私あの人と結婚できないなら、このベッキオ橋から飛びこんでしまうわ」「おお、娘よ、なにをいうのだ」ドタバタ・ドタバタ。「みろよ、青い空、白い雲、そのうちなんとかなるだろう」 そんな風に伝助は歌っている。

人当たりはよいが、注目を浴びたいという気持ちはなく、他人の評価も気にしていない。釣りに関してはきちんと合理的であり、理屈ももっているが拘泥せず、かといって職人的気質の中に埋没するわけでもない。

当たり前だが彼は「釣りバカ・ファースト」の人だ。そして人は通常「釣りバカ・ファースト」では生きられない。

そのかろみの構造は、新入社員浜崎伝助がファンタージのセカイの登場人物であることに起因する。ファンタジーだから、この世のわれわれの拘泥に伴う欠点がない。そこに「あんな風に生きていけたら少し楽かもしれない」と共感されうる人物造形の原型がある。

だから新入社員浜崎伝助はキャンベルのいうところの「英雄」なのだ。だから浜ちゃんセカイにも(1)冒険、(2)勝利、(3)帰還の構造がある。スターウォーズと同様の物語世界が釣りバカ日誌という独特の世界感の中で展開している。

世間的な知恵を「まぁ、すれ違うこともあるけれど、なんとかやっていきましょう」という非常に現実的なアプローチだとしよう。一方、ファンタジーは「現実世界は現実世界として、でもそうでないオルタナティブを提示する」というアプローチだ。寅さんしかり、ドストエフスキーの「白痴」のムイシュキン公爵しかり。

世間的な知恵はある種の自己防衛によっても強化される。それは自らを守る防壁になると同時に、時として自らの自由を奪う。だからこそ、ときどき、そんな防壁のない世界に憧れてしまう。どうでもいいように思える新入社員浜崎伝助の世界に。