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okadamktの日記

That's what we call a tactical retreat.

極相

植物の群落が遷移し、最終的に到達する段階を意味する「極相」という状態がある。東北日本であればブナ林が、西南日本であればシイ、カシ林などがその代表となる。里山や植樹林を除けば、丹沢山塊がブナ林的で明るい感じの林が続き、川崎などの平地ではシイやカシの暗い感じの林が多くなるのは、関東が標高で東北日本的であったり西南日本的であったりするからだと思っている。

植物の場合、群落が極相に達するとが変わらない限り同じ状態で存続し続ける。それが極相という言葉の由来だ。一方で極相はそれほど確定的なものでもなく、初期状態や遷移過程など様々な条件によって変化するともいう。

制約条件の中での遷移の構造(様相)が変化するというのは、アナロジーとして面白い。たとえばボーリング。経済発展の経緯の中で平均所得がある一定レベルを超え、人々はレジャーを身近なレジャーを求めるときに発展するという。スポーツは遷移の過程を示し、現在はあまり人気のないボーリングは極相ではなかったということだ。スキーやテニスは極相なのか、それともそもそもスポーツなどでは極相という状態は存在しないのか。実はジョギングは極相なのか。

アナロジーだから結論はなく、論理的には本質的な整合性もない。だが、極相というアナロジーで考えると、ローラーゲームは本当にあだ花で、ある時期、ある条件のもとで一瞬だけ咲いた哀しいスポーツだったともいえる。

アシモフがファウンデーションシリーズの中でSF的な仮説として考えた「心理歴史学」(膨大な数の人間集団の行動を予測する為の数学的手法)もそんなアナロジーの延長線上にある。もちろんアシモフはその遷移の結果を極相的な安定状態よりはより不安定な状態として考えていた。ベルリンの壁崩壊以降の約30年に起こったことを考えると極相的な考え方よりもアシモフのSF的な予想の方が正しかったことになる。

【備考】気候的極相林、地理的極相林

(2009年4月17日, mixi 改)