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okadamktの日記

That's what we call a tactical retreat.

対義語の世界。

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対義語ってこんなに豊かだったんだ。しかも格助詞等を用いた文節や、場合によっては短文に対する対義語という新ジャンル。衝撃的。


そもそも私は誤解していた。対義語を反対語だと思っていたのだ。新解さん(新明解国語辞典)にきいてみよう。

たいぎご【対義語】
①なんらかの意味で一組の関係をなすと認められる、それぞれの語。「父」に対する「母」、「親」に対する「子」、「海・川」に対する「山」、「白」に対する「赤・黒」など。
②反対語

対義語を語義②で捉えるのも誤りではないが、考えてみれば語義①の方が自然だし豊かだ。光に対して闇や影。愛に対して孤独。かならずしも反対の意味でなくても対になっていればよく、それが豊かさにつながる。「絶対にスベらない対義語16選」もまったくもって正しいのだ。

鳥貴族に対して魚民。鳥と魚は対であり、貴族と民も対。そして鳥貴族と魚民が対。なんと美しい構造なのだろうか。

あるいは「逃げるは恥だが役に立つ」に対する「耐えるは美徳だが無駄である」。「逃げる」<=>「恥」<=>「有用」という矛盾をはらんだ三項関係を「耐える」<=>「美徳」<=>「無駄」という別の三項関係へと射影した上で、その両者の関係が現代社会を象徴している。素晴らしすぎる。

すなわち、文節や短文での対義語は、構成するそれぞれの語が対義語となりながら、それらを組み合わせた文節や短文もまた対義語的構造を形成している。

対義語を反対語としない語義①をとれば、語数が多いほど組み合わせは指数的に増え、その中からの選択の妙が美しさを醸し出す。しかも、占いと同じように、抽象的な組み合わせは読み手の解釈を生み、より多義的な深さを増す。

対義語。当たり前だと思っていたものが、こんなに楽しいものだったなんて。