okadamktの日記

That's what we call a tactical retreat.

新しいリテラシー: 櫻田潤 『ビジュアルで差がつく「響く」プレゼン資料作成術』



「ビジュアルシンキングを用いたプレゼンテーション」は、普通の社会人が身につけておく新しいリテラシーだ。本書はその基本を身につける方法をわかりやすく伝えている。

ビジュアル表現を使いながら情報を伝えるのには、何が必要なのか? そのための具体的な手順は何なのか? 著者はこれを7つの手順と6つのワークシートに分解し、明確に記述する。読者は天才イラストレーターである必要はない。誰でも、たとえ小学生や中学生でも、ワークシートを使って手順を丁寧に進めていけば、「あっ、なるほど。」と他の人に思ってもらうプレゼンテーションができる。極めて論理的な構造に満ちた本だ。

本書からは、「ビジュアルの力で世界を丸くしたい」という著者の思いがストレートに伝わってくる。著者の課題意識は明白だ。世界の摩擦を減らしたい。その解決に必要なのは良質なコミュニケーション。ビジュアルを使って良質なコミュニケーションを生み、お互いの理解を深めよう、そのための基本的な技術をみんなで身につけよう、そんな著者の思いが、具体的な型・作法として展開されている。

本書はイラストが上手くなるための本ではない。イラストのテクニックを学ぶための本でもない。本書が目指すゴールは手書きの資料だ。イラストの技術よりも、どうやってストーリーを伝えるのかに強くフォーカスしている。情報をコンパクトに圧縮し、理解してもらいやすい形、反応が得られる形に整える方法が書かれている。

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本書の魅力は書籍として閉じていないことだ。プロセスとして開いているのだ。入り口はコンテンツと併行する形でWeb上に開かれており、出口は読者同士のコミュニケーションの中に開かれている。

たとえば、本書前半の根幹ともいうべきメッセージは、「ビジュアルシンキング・プレゼンテーションのすすめ」という名のスライドとしてSlideShareで公開されている。本書後半の根幹となるワークシートもWebサイトで公開されている。「ビジュアルシンキング・プレゼンテーションのすすめ」というスライドが、ワークシートを具体的にどのように用いて作られたのかという例も公開されている。

著者はできるだけ多くの人に「ビジュアルシンキングを用いたプレゼンテーション」を身につけてほしいと願い、その媒体として書籍という形式を利用している。公開は必然なのだ。

本書はMOOC(無料オンライン大学講座)に似ている。コンテンツ自身、非常によく整理されていてその価値は極めて高く、しかも、コンテンツ自体の価値よりも、コンテンツを媒介とした活動にこそ価値が見いだされる構造を持つ。コンテンツ自体は、全体としての活動を支援する素材であり導入にしかすぎない。

MOOCでは、個別学習の後、学習者同士が集まり、演習を行いながら学びの再構成を行う手法が併用されることがある。集まって他の人からの反応を感じることは自らの成長につながる。他の人の情報を自分はどのように理解したのか、うまく受け止められなかったのは相手の情報の作り方にとのような課題があったのか。「ああ、あの表現はよくわかった」、「そうかそうすればわかりやすいのか」、そういった気づきが学びを深める。

本書は、お互いで気づきを学びあうための素材なのだ。だから7つの手順と6つのワークシートも極めてシンプルに設計されている。同じ方法論を共有することで、より効果的な学びが生まれる。

本書では、自分が好きな本を紹介する練習を勧めている。これが読者共同の課題だ。複雑な構成の書籍を、短く、力強く目の前の相手に伝えることができれば、それは大きな自信につながる。もっと話してみたくなる。もっと聞いてみたくなる。

本書の本当の価値は読者側の相互作用によって拡大する。手順とスタイルが明確に規定されているからこそ、本書のそんな価値が浮き彫りになる。