okadamktの日記

That's what we call a tactical retreat.

ケアの価値感にふれる: 鈴木みずえ監修 『認知症の介護に役立つハンドセラピー』



肌と肌とのふれあいを大切にするスウェーデン生まれの「タクティール」を、ハンドセラピーとして実際にすぐに使えるように、具体的に丁寧に解説している。

本書は、まず認知症に関する基礎知識の説明から始まり、触れることの意味、タクティールケアを具体的に行うためのハンドセラピー基本の説明、図解を中心としたハンドセラピーの具体的な実践方法、そしてハンドセラピー以外の認知症のケアのその他の療法の解説で終わる。

認知症に関する基礎知識はたった7ページにしかすぎないが、記述は適切で、しかも、タクティールケアがなぜ必要なのかを明確に伝えている。触れることの意味について説明した章も、同じく7ページにしかすぎないが、触れることで人は痛みが軽くなるように感じ、同時に不安を和らぐ、その原理についてわかりやすく解説している。いずれも、本書の導入として適切な量と内容といえる。

ハンドセラピーの基本を解説した章では、タクティールケアの通常のマッサージとの違いとハンドセラピーで期待される効果、そして実施する上で大切な6つのポイントがまとめられている。ハンドセラピーによって不安に起因する認知症の症状の緩和につながること、おさえておかなければいけない注意点が素直に理解できる。

続く実践の章では、背中、手、足に行うハンドセラピーの手順が、写真と図によってわかりやすく説明されている。ひとつひとつの説明はとても具体的で、すぐに実践できる非常に実用的な内容になっている。

最後のその他の療法については、やや蛇足的ともいえるが、たとえばアロマセラピーについての説明は、前述のハンドセラピーと同様、具体的でわかりやすい。

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本書の表紙には、「10分で笑顔に! 症状が緩和され、毎日の生活が楽になる!」とある。つまり、認知症の本人に笑顔が戻り、その症状が緩和され、介護をする人の生活にも明るさが取り戻されるということだ。それは、認知症のケアに携わっている人たちが心から望んでいることだといえる。本書は、そうした人たちの気持ちにとても丁寧に寄り添っている。

もちろん、病気であるかぎり、辛くないはずがない。それは当人も周囲も変わらない。だからこそ、こうしたらいいかしら、ああしたらいいかしらと、いろいろな工夫を誰もがしている。すこしでも楽になれるようにと考えている。本書の第一義的な価値はそこにある。

もちろん、本書のタクティールケアをベースにしたハンドセラピーも人によって効果は異なるだろう。冷たい現実は、魔法の杖はないと言う。けれど、その冷たい現実を語ること自体に意味はない。もし本書で説明されているハンドセラピーで少しでも笑顔が戻るなら、少しでも辛さが減るのであれば、その方が何倍も意味がある。そのためには、具体的でわかりやすく実際的であることがもっとも大切なのだ。その意味でも、本書はその要件を十分に満たしている。

本書には、たとえばコラムとしてパーソン・センタード・ケアについて触れているなど、介護する側が理解した上で携わるべきことが多く書かれている。本書のあちこちに、認知症という文脈を離れ、たとえば商品・サービスの基本のあり方としても読みかえることができる内容が記されている。そこに本書のもう一つの価値がある。

本書を若い人が読んでくれたらと思う。別に認知症の家族がいる必要はない。認知症の人にとってよいことは誰にとってもよいのだ。人と人とが触れあうことの暖かさに触れるきっかけに本書がなればよい。そんな暖かさに満ちた本だといえる。

たとえば、家族以外の年配の人の手を握ったことがある若者はいまどれくらいいるのだろう。年配の人の手は暖かかったりちょっと冷たかったりする。それは若者が思っていたものとはずいぶんと違う温度かもしれない。多くの場合、想像する以上に人の手は暖かい。認知症であること、年齢に大きな開きがあることは、その瞬間に消える。人の手は暖かいという事実だけがそこにはある。

ケアという概念は20世紀的ではない。効果・効率・スピードとは相反するものだからである。であるならば、本書のような具体的で実践的な本こそ、世界を新たに読みかえるための入門書となりえる。