okadamktの日記

That's what we call a tactical retreat.

人に対する共感に満ちた洞察: 平田オリザ 『わかりあえないことから』



「コミュニケーションは難しいものだ」と感じている人は世の中には多い。しかし「わかりあえないことから出発する」という立場で、コミュニケーションについて丁寧に考えを深めていく人は少ない。

本書は、「わかりあうこと」を重視する風潮へのアンチテーゼから出発し、「では、実際のところ、どんな態度でコミュニケーションと向き合えばよいか」について明確に示す。
コミュニケーションに関わる議論はともすれば抽象的になる。けれども本書では、演劇の授業での著者の経験も踏まえ、コミュニケーションに関わる微妙なニュアンスや状況が的確に述べられている。そのため、記述は具体的であり、かつ、深い洞察に満ちている。

コミュニケーションに関する人の悩みは深い。なぜなら、人はそれぞれ違うからだ。「みんなちがって、それでいい」ではなく、「みんなちがって、たいへんなのだ」。著者の視線は、それを受け入れ、分かち合っている。本書は、そんな優しさに満ちている。

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ダブル・バインドとは2つの矛盾したコマンド、特に否定的なコマンドのことで、それはしばしば人の心に負の効果をもたらす。

そして、現代人である我々は、最終的にコミュニケーションのダブル・バインド、すなわち、「説明すること」と「察すること」の矛盾の中で生きなければならないことを指摘する。「自分が自分でない感覚と向き合うこと」、「わかりあえないことから歩き出す必要があること」をして指摘する。

それは、「心からわかりあえる」ことを前提にするのではなく、「わかりあえない。ただ、どうにか共有する部分を見つけて拡げていける」ことを前提にした世界観だ。あえて、ダブル・バインドを受け入れて生きていくことの価値を肯定する。割り切れない価値感の矛盾の中で人は生きていることを肯定している。

本書は、コミュニケーションの本質を問いながら、同時に、人というものに対する共感に満ちた洞察に溢れている。

【ポイント】
 1) コミュニケーションに向き合う態度。
 2) コミュニケーションにまつわる様々な問い。
 3) 人というものに対する共感に満ちた洞察。

【満足感:5段階評価】

★★★★☆:4