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okadamktの日記

That's what we call a tactical retreat.

隣接する異なる世界の物語: ショーン・タン 『アライバル』

書籍



一人の男の旅の物語。物語は言葉では語られていない。物語はすべて、イラストというカットの積み重ねで描かれている。愛情、不安、別れ、困惑、出会い、希望。登場人物たちの繊細な心の揺れ動きが、文字が意味を失った世界で饒舌に語られている。

モノトーンの不思議な世界と不思議な表現。この手法は、映画的という言葉では言い表せない。モノトーンのカットのひとつひとつから、幾千もの言葉が、私の中に自然と立ちのぼり、私は言葉で埋め尽くされてしまう。映画とはまったく異なるものだ。時間の流れが不規則になる。視点とともに、ページを行きつ戻りつするうちに、時間の流れさえもゆれる。軽いめまいを感じる。

描かれているその世界は奇妙な文字と、奇妙な生き物と、理解することができない生活感とで溢れている。まったく異なる世界の物語であり、そして同時に、ある日突然、異質な世界に放り出されたものだけが知っている、あの感覚がそこにある。経験したことのない懐かしい記憶が呼び起こされる。

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世界を本当に描くためには言葉から発明しなければならない。それはファンタージの領域よりはSFの領域の作法に近い。そんな世界の整合性は、微妙なバランスの上に成立している。世界とはそういうものだ。そして、その拠って立つ世界があまりにも荒唐無稽で、同時に整合性がきちんと機能するとき、そこに新たな感覚、センス・オブ・ワンダーが生まれる。この本は、そんな本だ。

ここはどこなのか、この世界では何が起こっているのか、なぜ、彼は旅立たなければならないのか、そして、この世界のルールは何なのか。我々は断片的に、そして表面的に知る。この世界は、どこか我々の世界に似ていて、そしてどこか決定的に違う。本質的に異質な世界を内包しているようでもあり、奇妙なだけで、我々の日常に隣接しているのかもしれない。Aでもあり、¬Aでもある。描かれた世界が異質なのか、我々自身が不安定になってしまったのかも曖昧になる。世界のルールがはっきりとせず、若さが辛く感じられる感覚や、世界があまりにも急に変わってしまうことに対する漠然とした不安感にも似ている。

ルールのわからない世界に生きることは容易ではない。「自分はそもそもルール自体から阻害されているのかもしれない」、そんな心の痛みがここにはある。この異質な世界の物語で描かれているのはそういった感覚だ。普遍的な感覚に皮膚がざわざわつく。この奇妙な物語が、我々の心の奥深くに直接はたらきかけてくるのは、誰もが心の中に抱えているそんな辛さが共鳴するからだ。

描かれている世界は異質な世界だが、そこには、その異質さを日常とする人々がいる。もしかすると、この物語に描かれている世界は、表面上のわずかな違い以外には特別なことは何もないのかもしれない。いま自分たちがいる世界とは、多次元の中の平行宇宙の、ごくごく近いすぐ隣の世界なのかもしれない。彼らからみれば、当然のことだが、我々の生活や建物や日常のすべてが異質なものに見えるはずだ。

我々は、自分たちの世界にいる限り、自らが異質な世界に住んでいることを認知できない。この物語の世界で実体化しているものも我々は認知できない。そしてこの世界には見えない何かの影がある。暗喩のように現れるその影は、姿はないが実体化している。

暗い暗喩だ。物語の中で影の正体は明らかにされず、人々の幸せと不幸がいつまでのものかもわからない。物語の中にいる我々にはその姿は見えないのだ。